絵本作家のぶみさんの「わたしおかあさんだから」の炎上に思うこと〜その2〜(かっこ)の中に何が入る?

のぶみさんの炎上にともなって考えたこと,
その2です。

(かっこ)の中に何が入る?

という話。

前回は、絵本セラピスト®︎として考えてみたことを書いたのですが、
今回は、日々「伝える」ということについて考え続けている
アナウンサーの端くれとして考えたことを書いてみます。

 

長いです。

最近では、放送の仕事以外に
「伝え方」を「話し方」などの講師をする機会が増えています。

話し方を教えて欲しい、

どうやったらもっと伝わるかを教えて欲しい、

そういう思いを持って依頼されます。

ほとんどが1対1でレッスンするのですが、

そこからわかったことの一つに

「どう伝えるか」の前に

「どう読み取るか」

で苦労している人が少なく無い

ということがあります。

「どう読み取るか」

読み取るものは2つ。
「相手が表現していること」
「自分が伝えたいこと」

です。

この二つがどれくら読み取れるか

それによってどれくらい「伝わるか」が変わってきます。

実は、私が最近おひきうけしている事例の中で
それがよくわかるのが受験生です。

今年、受験の小論文のために
何人か受験生と対策講座をしました。

大学受験でよく見られるパターンとして
「課題文型」といわれる出題パターンがあります。

なんらかの課題文が与えられ、

そこから考えることを述べよ、

というような出題がよくあるパターンです。

この時に、必要になるのが

1つ、課題文を読み解く力

2つ、自分の考えを読み解き、伝える力

です。

小論文対策、というと
「どう書くか」に終始するかと思いきや、
「読み解く」という段階に苦労する人も少なくありません。

筆者が伝えようとしたことは何なのか、

それはどのように説明(表現)されているのか、

そこから読み取れることは何か、

読み取れないことは何か。

筆者が書いていることを読み取ったのちに、
そこから自分はどのように考えるのか、

という自分の頭や心の中を読み解き、
整理し、
文章化すること、
が必要になります。

「読み解き」に苦労をする人は

たいてい「自分で書く」ことにも苦労をしています。

ところが、

「読み解き」ができるようになってくると

自分で書く力もぐんぐん伸びてきます。

筆者の書いていることが読み解けるようになると
自分の考えていることも読み解けるようになり、

伝えるためにどうすれば良いか、コツがわかってくるようです。

さて、そんな授業の経験から

のぶみさんの詩はどう読み解けるのか。

また、いろんな意見を書いている人がどう読み解いたのか、
すごく単純化してパターンを探ってみます。

詩は、小論文などの課題文(評論や論文)と違い、
芸術作品ですから、
その人の今いる環境や背景等によって受け止め方が違うのを分かった上で、、、、

あえて、

少し雑すぎますが、(乱暴ですが)
2つのパターンにわけてみました。

キーになるのは、詩の中で繰り返し使われている

「だから」

という言葉の受け止め方です。

この「だから」に呼応する言葉があると思います。

「だから」の後に(かっこ)があるとしたら、
(かっこ)の中にどんな言葉が入るでしょうか?

例えば、国語のテストなどでも出たことがあるような問題だと、

「いまだかつてこんなことがあっただろうか」
の後には、

(いや、ない)
というような言わなくてもわかる見えない(かっこ)の言葉がある。

これは

いわゆる「反語」というものですが、

反語でなくても、人は勝手に、
(かっこ)の言葉を補足して解釈していることが
知らずしらずのうちにあります。

さて、のぶみさんの詩に話を戻します。

「だから」の後に(かっこ)があるとしたら。

1つめは、
おかあさん「だから」

・・・・
(しなければならない)

(するべきだ)

(してしまった)
(してしまう)

というように

(~ねばならない)関連の言葉を補足してしまうパターン。

2つめは

おかあさん「だから」

・・・・

(できるようになった)
(ということが楽しくなった)

というように

(~できた)という肯定の理由づけを補足してしまうパターン。

1つめの方は簡単ですね。

2つめの方は背景によりけり。
説明がちょっと必要ですね。

2つめの背景に説明が必要なのは、

「~だから」の文章の前にも( )を補足しているから。

(今までの私はこんなことしようと思わなかったけど)
おかあさん(という立場になった)
「だから」

・・・・・

(できるようになった。これって意外とうれしいことだった)

というように長ーい( )の中の言葉が補足されているだろうから。

もちろん1つめの例でも

長~い( )の補足をしている人もありますよね。

ちょっと乱暴な2パターンわけをしてしまいましたが。

1つめの補足パターンの方々は反論方向へ。

2つめの補足パターンの方々は共感方向へ。

なのかもしれないな、と感じました。

だからこそ、最後の
「よかった」のくだりは極論の解釈に別れた。

献身的なお母さん像の押し付け、呪い。

男尊女卑。

おとうさんは!?

意外なところによかったを感じる私を発見。
それぞれの立場で幸せの感じ方も違う。

「ここから考えたことを800字以内で述べよ」など、

小論文ではありませんが、、、。

他人が表現したものを読み解き

自分の思考を読み解き

整理して表現する。

この過程があいまいで、

他人が表現しているものを自分がどう読み取ってどう考えるのか。

小論文対策では、それをレッスンしていきますが、

そんなこと、受験でもしないかぎり、

わざわざ訓練しないですよね。

自然と補足してしまう(  )の中の言葉。

ましてや「詩」は、芸術。
意味を伝えることだけが目的だけではない詩の世界。

とても少ない言葉の表現。

韻を踏んだり、リズムを考えたり、

解釈は自由。

反論も自由。

共感も自由。

その自由がおもしろい。

好きや嫌いは誰も制限できないし、

好きや嫌いの感情はとても大切。

でも、その反論や共感や好きや嫌いが、

「攻撃」になったとき、

ひとところにして
文学や、芸術や、表現は、

居所を失ってしまう。

それがとても悲しいなと思った出来事でした。

長々失礼しました。

福井一恵

Related Entry

絵本セラピー®︎の講座案内です。

NO IMAGE

「子育てって…」大人のための絵本セラピー®︎

キッズ・アナウンス講座 冬休みスペシャル!

NO IMAGE

春から始まる新規講座【絵本】と【朗読】と【話し方】

NO IMAGE

今年も会いたい

NO IMAGE

道後アート2016 4コマ漫画になるスタンプラリー